SFC修行を始めた。

旅立ちの前に、灯台を思う。

梅雨のはじまり、ToriLabの歩み出し

ごあいさつ!

Why-T?は、なぜ問い続けるのか。

― 設計思想の原点 ―

Why-T?

その問いは、特別な言葉ではない。

「なぜ?」と問い直すこと。
それだけのことだ。

だが、組織の中で
この問いが発せられる機会は、意外と少ない。

前例があるから。
昔からそうだから。
忙しいから。
問題になっていないから。

理由はいくらでも見つかる。

問いを止めることは、
安定を保つことに似ている。

しかし、問いを止めた瞬間、
設計も止まる。

Why-T?という言葉には、
二つの意味を込めている。

Why?―― なぜそうなっているのか。
T ― それはTransform、Theory、ToriLab。

問いは、変革の起点であり、
理論の出発点である。

属人化は、なぜ生まれるのか。
人手不足は、本当に人数の問題か。
更新は、年数で決めてよいのか。
医療安全は、誰が守るのか。

これまで投げかけてきた問いは、
すべて設計へとつながっている。

問いは、批判のためにあるのではない。
責めるためでもない。

構造を理解し、
より良い形を描くためにある。

Why-T?は、
答えを急がない。

問い続けること自体が、
設計思想の根幹だからだ。

組織は、問いを持つ限り変わり続ける。

逆に言えば、
問いを失った瞬間、
変化も止まる。

Why-T?

なぜ私たちは、
忙しさの中で問いを後回しにしてしまうのだろうか。

設計は、
問いからしか始まらない。

医療機器管理科は、なぜ今必要か。

― 2026年問題を前に ―

2026年。

診療報酬改定、物価高騰、人件費上昇。
医療機関を取り巻く環境は、確実に厳しさを増している。

病床数の議論。
地域医療構想の進展。
人手不足の深刻化。

変化は外側から押し寄せている。

だが、外部環境だけが問題なのだろうか。

医療機器は、病院の中核を支える資産である。
しかしその管理は、部門業務として分散され、
経営と十分に接続されていない場合が少なくない。

点検は行われている。
修理も対応している。
更新も順次進めている。

それでも、
構造として最適化されているかと問われれば、
答えに迷う場面もある。

2026年問題とは、
単なる制度変更ではない。

「これまでの延長」で運営できるのか、という問いである。

医療機器管理科という発想は、
組織を増やすことではない。

管理機能を可視化し、
責任体制を明確にし、
技術と経営を接続する。

それは、
人手不足を嘆く前にできること。
コスト削減を叫ぶ前に整えるべきこと。

変化の波は止められない。
だが、足元の設計は変えられる。

Why-T?

私たちは、
外部環境を理由にする前に、
内部構造を見直しているだろうか。

2026年を前に、
問うべきはそこかもしれない。

SFC修行を始めた。

― 戦略と構造の設計という視点 ―

SFC修行を始めた。

航空会社の上級会員資格を得るために、
一定のポイントを戦略的に積み上げる行為である。

一見すると、趣味の話に聞こえるかもしれない。
だが、やってみると分かる。

これは、構造のゲームだ。

限られた予算。
限られた時間。
限られた路線。

その中で、
どのルートを選ぶか。
どの便を組み合わせるか。
どこで乗り継ぐか。

単純な距離ではなく、
ポイント効率を最大化する設計。

資源配分の最適化である。

医療機器管理も同じだ。

限られた予算の中で、
どの機器を更新するか。
どの契約を見直すか。
どこに投資するか。

感情ではなく、構造で判断する。

SFC修行は、
偶然の積み重ねでは達成できない。

設計が必要だ。

ゴールを定め、
必要な数値を逆算し、
最短距離ではなく、最適経路を選ぶ。

それは、
経営の意思決定に似ている。

遊びの中にも、構造がある。

Why-T?

私たちは、
日常の中にある“設計”に
どれだけ気づいているだろうか。

年のはじまりに、設計を問う。

― 今年、何を変え、何を変えないか ―

新しい年が始まった。

年初は、目標を掲げる季節でもある。
売上、成果、成長。
数字や計画が並ぶ。

だが、その前に問い直したい。

今年、何を変えるのか。
そして、何を変えないのか。

組織は、変化を求められる。
しかし、すべてを動かす必要はない。

変えるべきは、
属人化した業務かもしれない。
曖昧な責任体制かもしれない。
数字と接続していない管理かもしれない。

一方で、
変えてはならないものもある。

安全を守る姿勢。
構造で考える視点。
問い続ける態度。

設計とは、
“動かす”ことと“据え置く”ことを
同時に決める作業である。

人を増やす前に、設計を整える。
感覚で動く前に、構造を描く。

一年の始まりは、
未来を描く時間であると同時に、
足元を見直す時間でもある。

Why-T?

私たちは本当に、
“変えるべきもの”を見極めているだろうか。

今年もまた、
問いから始めたい。

灯台はなぜ、動かないのか。

― 動かないことの意味 ―

灯台は、動かない。

嵐の中でも、
波が荒れても、
季節が変わっても。

自ら動くことはない。

それでも、船はその灯りを頼りに進む。

組織もまた、同じではないだろうか。

大きな変化を求める声は常にある。
もっと速く、もっと大胆に。
もっと成果を、もっと数字を。

だが、すべてを動かし続けることが
最善とは限らない。

設計の中には、
「動かさない部分」がある。

役割の定義。
責任体制。
判断基準。
更新のルール。

それらは頻繁に揺らぐべきものではない。

変化に耐えるためには、
変えない軸が必要だ。

灯台が動かないのは、
怠慢ではない。

そこに居続けるという意思だ。

今年、いくつかの設計を見直し、
小さな変更を重ねてきた。

だが同時に、
変えないと決めたものもある。

安全を守ること。
構造で考えること。
問い続けること。

動かないことは、
止まっていることではない。

位置を定めることだ。

12月26日。
一年の終わりに、あらためて感謝を伝えたい。

支えてくださった方々へ。
ともに議論してくださった現場の皆さまへ。
そして、問いに向き合い続けてくれたすべての人へ。

灯りは一人では守れない。

来年もまた、
静かに、しかし確かに照らし続けたい。

Why-T?

私たちは、
動き続けることばかりを価値にしていないだろうか。

ときに、動かないことこそが、
最も強い意思なのかもしれない。

12月24日という夜に。

― 静かな時間が、設計を整える ―

12月24日。

街は明るく、
一年で最も華やかな夜のひとつと言われる。

だが、組織の設計は、
こうした静かな時間の中で進むことが多い。

派手な改革はない。
大きな発表もない。
それでも、水面下では少しずつ整えられている。

役割を見直すこと。
責任体制を明確にすること。
更新計画を整理すること。
数字を揃え、次の年を考えること。

それは祝福される仕事ではない。
しかし、組織を支える仕事だ。

医療現場にとっても、
安全や管理は“特別な日”だけのものではない。

むしろ、誰も意識していない夜にこそ、
静かに守られている。

設計とは、
目立たない作業の積み重ねである。

誰かが気づく前に整えておくこと。
問題になる前に備えておくこと。

それは、灯りのようなものかもしれない。

派手に輝くのではなく、
静かに、しかし確実に、足元を照らす。

Why-T?

私たちは、
“目立つ変化”ばかりを求めていないだろうか。

本当に組織を支えているのは、
静かな夜に整えられた設計なのかもしれない。

今年、変えられたもの。

― 小さな設計変更の積み重ね ―

大きな改革は、そう簡単には起こらない。

組織は急には変わらないし、
制度も一夜にして生まれ変わるわけではない。

それでも、一年を振り返ると、
確かに変わったことがある。

役割を明確にしたこと。
業務の流れを書き出したこと。
責任の所在を整理したこと。
データを集め、数字で語り始めたこと。

どれも派手ではない。
しかし、設計としては重要な変更だった。

仕組みは、劇的には動かない。
小さな調整の積み重ねで、少しずつ形を変える。

属人化していた業務を言語化する。
曖昧だった判断基準を明文化する。
感覚で行っていた更新を、データで考える。

それは“改善”というよりも、
“再設計”に近い。

人を替えたわけではない。
人数が増えたわけでもない。

それでも、
回り方が少し変わった。

小さな設計変更は、
すぐに成果として現れるとは限らない。

だが、それは確実に
未来の選択肢を増やしている。

組織は一気には変わらない。
しかし、設計は積み重なる。

今年、変えられたものは
決して大きくはないかもしれない。

けれど、確実に次の一歩につながっている。

Why-T?

私たちは、
大きく変わらなければ“変化”と呼ばないのだろうか。

小さな設計変更こそ、
最も持続可能な変化なのかもしれない。

更新という意思決定。

― その医療機器は、本当に寿命か ―

「耐用年数を過ぎています。」

医療機器の更新理由として、よく使われる言葉だ。

確かに、年数はひとつの目安である。
しかし、それだけで更新を決めてよいのだろうか。

同じ年数を経過していても、
故障が多い機器もあれば、安定稼働している機器もある。

使用頻度はどうか。
修理履歴はどうか。
保守費用はどの程度か。
代替機の性能向上はどれほどか。

本来、更新とは
単なる“期限到来”ではなく、意思決定である。

にもかかわらず、
年数だけで判断する仕組みになっていないだろうか。

更新を先送りすれば、
突発故障のリスクは高まる。

早すぎる更新は、
限られた資金を圧迫する。

どちらも経営判断である。

医療機器は消耗品ではない。
病院の重要な資産である。

資産である以上、
投資と回収の視点が必要になる。

そのためには、

・稼働率の把握
・故障率の分析
・保守費用の推移
・将来の診療計画との整合

が可視化されていなければならない。

更新とは「壊れたから替える」ことではない。

「どう使い続けるか」を含めた設計である。

更新の議論は、
技術の話ではなく、経営の話だ。

Why-T?

私たちは、
“古い”という理由だけで、
本当に意思決定をしているだろうか。

人手不足は“構造”の問題である。

― 採用ではなく設計を変える ―

「人が足りない。」

医療現場で、最も頻繁に聞かれる言葉のひとつだ。

確かに、人材確保は容易ではない。
少子高齢化が進み、専門職の確保も年々難しくなっている。

しかし、本当に問題は“人数”なのだろうか。

同じ人数でも回る組織と、回らない組織がある。
その違いはどこにあるのか。

業務が整理されていない。
役割が定義されていない。
責任の所在が曖昧。
優先順位が共有されていない。

こうした状態では、
いくら人を増やしても、混乱は拡大するだけである。

人手不足は、単なる採用の問題ではない。
業務設計の問題である。

本来、専門職が担うべき業務と、
他職種に委ねられる業務が整理されているか。

属人化している業務はないか。
「何となく続いている作業」はないか。

業務の総量ではなく、構造を見直す。

誰がやるかではなく、
なぜその形になっているのかを問う。

設計が整えば、
同じ人数でも組織は変わる。

逆に、設計が曖昧なままでは、
どれだけ採用しても“足りない”という感覚は消えない。

人を探す前に、構造を見直す。

それは冷たい合理化ではない。
持続可能な医療を守るための選択である。

Why-T?

私たちは本当に、
「人が足りない」のか。
それとも「設計が足りない」のだろうか。

管理とは、記録を残すことではない。

― 可視化がもたらす本当の意味 ―

「記録は残っています。」

そう言われて、安心してしまうことがある。

点検簿は整っている。
チェック欄は埋まっている。
保守履歴もファイルに綴じられている。

だが、それは本当に“管理”だろうか。

記録は、過去を示す。
しかし管理とは、未来を設計する行為である。

故障履歴があっても、
更新判断につながっていなければ意味はない。

点検記録があっても、
稼働率と結びついていなければ活かされない。

保守契約があっても、
費用対効果が検討されていなければ、
それは単なる支出である。

可視化とは、
「見えるようにすること」ではない。

意思決定に使える形に変換することだ。

数字が並んでいる状態と、
数字が語り始める状態は違う。

医療機器管理も同じである。

記録を整えることが目的になった瞬間、
管理は形式化する。

本当に必要なのは、

・データを横断的に整理すること
・経営判断と接続すること
・将来の更新計画に反映させること

つまり、
可視化とは“経営との対話装置”である。

管理とは、
保存ではなく設計である。

Why-T?

私たちは、
「残している」ことに満足して、
「活かしている」かを問うているだろうか。