55歳という節目。

― なぜ私は、いま仕組みを問い直すのか ―

55歳になった。

若い頃は、目の前の業務を回すことに必死だった。
トラブルを止めること。
機器を直すこと。
人手が足りなければ、自分が動けばいいと思っていた。

それが責任であり、誇りでもあった。

しかし年齢を重ねるにつれ、気づくことがある。

「自分が動く」ことで回っている状態は、
果たして組織として健全なのだろうか。

個人の努力で成立している構造は、
その個人がいなくなった瞬間に崩れる。

55歳になった今、
私は“現場を回す側”から、“構造を設計する側”へと
立ち位置が変わりつつあることを感じている。

人を増やすのではなく、
人に依存しない仕組みをつくる。

感情で支えるのではなく、
設計で支える。

それは冷たい選択ではない。
むしろ、現場を守るための選択だ。

人生の後半は、
速度を競う時間ではなく、
構造を整える時間なのかもしれない。

Why-T?

なぜ私たちは、
年齢を重ねるほど“問い”を減らしてしまうのだろうか。

私は、まだ問い続けたい。

属人化は、なぜ生まれるのか。

― “できる人”に依存する組織の限界 ―

組織の問題が表面化するとき、よく聞かれる言葉があります。

「○○さんがいれば大丈夫だったのに。」

それは一見、信頼の証のようにも聞こえます。
しかし本当にそれは、健全な状態なのでしょうか。

属人化は、決して偶然ではありません。
多くの場合、それは「設計されていない組織」から自然に生まれます。

明確な役割定義がない。
業務の標準化がされていない。
責任体制が可視化されていない。

そうした環境では、最も能力の高い人、最も責任感の強い人に仕事が集まります。
やがてその人は“不可欠な存在”になります。

しかしそれは、組織が強くなったのではありません。
組織が「依存」しているだけです。

医療現場でも同じ構造が見られます。

医療機器の管理、保守、トラブル対応。
記録、契約、更新計画。
それらが明文化されず、体系化されず、「できる人」に委ねられている場合、
その人が不在になった瞬間、組織は止まります。

人手不足が問題なのではありません。
「止まる設計」が問題なのです。

属人化は、優秀な個人の責任ではありません。
むしろ、個人に頼らざるを得ない仕組みを放置してきた結果です。

本当に必要なのは、

・業務を定義すること
・責任を明確にすること
・仕組みで回る状態をつくること

“できる人”を増やすことではなく、
“できる人がいなくても回る設計”をつくること。

それが、持続可能な組織の条件です。

Why-T?

なぜ私たちは、仕組みを整える前に、人を探してしまうのでしょうか。

その問いから、設計は始まります。