CEは、どこまでやるべきか。

― “信頼の証”という言葉の落とし穴 ―

「業務が増えるのは、信頼の証だ。」

そう言われることがある。

確かに、頼られることは嬉しい。
任されることは、評価の裏返しでもある。

しかし、その言葉をそのまま受け取ってよいのだろうか。

臨床工学技士(CE)は、
医療機器の専門職として制度化された職種である。

本来は、
医療機器の安全管理、
ライフサイクル管理、
適正運用の設計を担う存在だ。

だが現場ではどうだろう。

「とりあえずCEに聞こう」
「時間が空いているならお願いできる?」
「詳しいからやってもらえる?」

その積み重ねが、やがて“何でも屋”を生む。

業務が増えること自体が問題なのではない。
問題は、それが“設計”されていないことだ。

頼まれた仕事を引き受けるたびに、
専門性の境界は曖昧になり、
本来担うべき管理機能は後回しになる。

信頼とは、
役割が明確であるからこそ成立する。

境界が曖昧なまま広がる業務は、
信頼ではなく依存に近い。

CEが本当に担うべきなのは、
「何でもやること」ではない。

“やるべきことを定義すること”である。

業務を増やす前に、
業務を設計する。

役割を広げる前に、
責任を明確にする。

それがなければ、
どれだけ努力しても持続可能な組織にはならない。

Why-T?

私たちは、
「信頼の証」という言葉に安心して、
専門性の境界を手放していないだろうか。

財務部配下という選択。

― なぜ医療機器管理は経営問題なのか ―

医療機器管理は、技術部門の仕事だ。
そう考えるのが一般的かもしれない。

現場で使われる機器を理解し、
点検し、修理し、安全を確保する。
それは確かに専門技術を要する業務である。

しかし、ひとつ問いを立ててみたい。

医療機器は、本当に「技術」の問題だけだろうか。

医療機器は資産である。
取得には多額の投資が必要であり、
更新には計画が求められ、
保守契約や消耗品も含めれば、
その管理は長期的なコスト構造を形成する。

さらに、配置や共有の設計ひとつで、
稼働率や効率性は大きく変わる。

それはすでに「経営」の領域である。

にもかかわらず、
医療機器管理が“現場の努力”に委ねられているとすれば、
そこには構造的な断絶がある。

現場は安全を守る。
経営は資源を最適化する。

この二つが分断されたままでは、
持続可能な設計にはならない。

財務部配下という選択は、
技術を軽視することではない。

むしろ、
医療機器管理を“病院経営の中心課題”として
明確に位置づけるための選択である。

責任を可視化し、
ライフサイクルを管理し、
投資と安全を同時に設計する。

それは、
「壊れたら直す」という発想からの転換だ。

医療機器管理とは、
安全管理業務であると同時に、
資産管理であり、戦略設計である。

Why-T?

なぜ私たちは、
医療機器を“使うもの”としては語れても、
“経営資源”としては語らないのだろうか。

その問いの先に、
組織設計の再構築がある。