医療安全は、誰が守るのか。

― 責任体制の可視化という視点 ―

医療安全は、全員で守るものだ。

その言葉に、異論はない。
しかし同時に、ひとつの疑問も残る。

“全員”とは、具体的に誰なのか。

責任が全体に広がるとき、
しばしばそれは曖昧になる。

事故が起きたとき、
トラブルが発生したとき、
私たちは原因を探す。

だがその前に問うべきことがある。

責任体制は、明確だっただろうか。

医療機器の安全管理も同じである。

点検は誰が行うのか。
記録はどこに残るのか。
更新判断は誰が決定するのか。
契約内容は誰が把握しているのか。

それらが個人の記憶や善意に委ねられているとき、
安全は「努力」で維持されているに過ぎない。

努力は尊い。
だが、努力は設計ではない。

医療安全を守るとは、
事故を防ぐことだけではない。

責任の所在を可視化し、
役割を定義し、
仕組みとして回る状態をつくること。

“誰かがやっているはず”という状態は、
安全とは呼べない。

医療安全は、
声の大きい人が守るものでも、
経験の長い人が守るものでもない。

設計された責任体制が守る。

Why-T?

私たちは本当に、
責任を「見える形」で置いているだろうか。

CEは、どこまでやるべきか。

― “信頼の証”という言葉の落とし穴 ―

「業務が増えるのは、信頼の証だ。」

そう言われることがある。

確かに、頼られることは嬉しい。
任されることは、評価の裏返しでもある。

しかし、その言葉をそのまま受け取ってよいのだろうか。

臨床工学技士(CE)は、
医療機器の専門職として制度化された職種である。

本来は、
医療機器の安全管理、
ライフサイクル管理、
適正運用の設計を担う存在だ。

だが現場ではどうだろう。

「とりあえずCEに聞こう」
「時間が空いているならお願いできる?」
「詳しいからやってもらえる?」

その積み重ねが、やがて“何でも屋”を生む。

業務が増えること自体が問題なのではない。
問題は、それが“設計”されていないことだ。

頼まれた仕事を引き受けるたびに、
専門性の境界は曖昧になり、
本来担うべき管理機能は後回しになる。

信頼とは、
役割が明確であるからこそ成立する。

境界が曖昧なまま広がる業務は、
信頼ではなく依存に近い。

CEが本当に担うべきなのは、
「何でもやること」ではない。

“やるべきことを定義すること”である。

業務を増やす前に、
業務を設計する。

役割を広げる前に、
責任を明確にする。

それがなければ、
どれだけ努力しても持続可能な組織にはならない。

Why-T?

私たちは、
「信頼の証」という言葉に安心して、
専門性の境界を手放していないだろうか。

財務部配下という選択。

― なぜ医療機器管理は経営問題なのか ―

医療機器管理は、技術部門の仕事だ。
そう考えるのが一般的かもしれない。

現場で使われる機器を理解し、
点検し、修理し、安全を確保する。
それは確かに専門技術を要する業務である。

しかし、ひとつ問いを立ててみたい。

医療機器は、本当に「技術」の問題だけだろうか。

医療機器は資産である。
取得には多額の投資が必要であり、
更新には計画が求められ、
保守契約や消耗品も含めれば、
その管理は長期的なコスト構造を形成する。

さらに、配置や共有の設計ひとつで、
稼働率や効率性は大きく変わる。

それはすでに「経営」の領域である。

にもかかわらず、
医療機器管理が“現場の努力”に委ねられているとすれば、
そこには構造的な断絶がある。

現場は安全を守る。
経営は資源を最適化する。

この二つが分断されたままでは、
持続可能な設計にはならない。

財務部配下という選択は、
技術を軽視することではない。

むしろ、
医療機器管理を“病院経営の中心課題”として
明確に位置づけるための選択である。

責任を可視化し、
ライフサイクルを管理し、
投資と安全を同時に設計する。

それは、
「壊れたら直す」という発想からの転換だ。

医療機器管理とは、
安全管理業務であると同時に、
資産管理であり、戦略設計である。

Why-T?

なぜ私たちは、
医療機器を“使うもの”としては語れても、
“経営資源”としては語らないのだろうか。

その問いの先に、
組織設計の再構築がある。

55歳という節目。

― なぜ私は、いま仕組みを問い直すのか ―

55歳になった。

若い頃は、目の前の業務を回すことに必死だった。
トラブルを止めること。
機器を直すこと。
人手が足りなければ、自分が動けばいいと思っていた。

それが責任であり、誇りでもあった。

しかし年齢を重ねるにつれ、気づくことがある。

「自分が動く」ことで回っている状態は、
果たして組織として健全なのだろうか。

個人の努力で成立している構造は、
その個人がいなくなった瞬間に崩れる。

55歳になった今、
私は“現場を回す側”から、“構造を設計する側”へと
立ち位置が変わりつつあることを感じている。

人を増やすのではなく、
人に依存しない仕組みをつくる。

感情で支えるのではなく、
設計で支える。

それは冷たい選択ではない。
むしろ、現場を守るための選択だ。

人生の後半は、
速度を競う時間ではなく、
構造を整える時間なのかもしれない。

Why-T?

なぜ私たちは、
年齢を重ねるほど“問い”を減らしてしまうのだろうか。

私は、まだ問い続けたい。

属人化は、なぜ生まれるのか。

― “できる人”に依存する組織の限界 ―

組織の問題が表面化するとき、よく聞かれる言葉があります。

「○○さんがいれば大丈夫だったのに。」

それは一見、信頼の証のようにも聞こえます。
しかし本当にそれは、健全な状態なのでしょうか。

属人化は、決して偶然ではありません。
多くの場合、それは「設計されていない組織」から自然に生まれます。

明確な役割定義がない。
業務の標準化がされていない。
責任体制が可視化されていない。

そうした環境では、最も能力の高い人、最も責任感の強い人に仕事が集まります。
やがてその人は“不可欠な存在”になります。

しかしそれは、組織が強くなったのではありません。
組織が「依存」しているだけです。

医療現場でも同じ構造が見られます。

医療機器の管理、保守、トラブル対応。
記録、契約、更新計画。
それらが明文化されず、体系化されず、「できる人」に委ねられている場合、
その人が不在になった瞬間、組織は止まります。

人手不足が問題なのではありません。
「止まる設計」が問題なのです。

属人化は、優秀な個人の責任ではありません。
むしろ、個人に頼らざるを得ない仕組みを放置してきた結果です。

本当に必要なのは、

・業務を定義すること
・責任を明確にすること
・仕組みで回る状態をつくること

“できる人”を増やすことではなく、
“できる人がいなくても回る設計”をつくること。

それが、持続可能な組織の条件です。

Why-T?

なぜ私たちは、仕組みを整える前に、人を探してしまうのでしょうか。

その問いから、設計は始まります。

仕組みを変えずに、人だけ替える。それは本当に解決か?

現場の課題は“人”の問題ではなく“仕組み”の問題。

組織や現場の課題は、
「人を替えれば解決する」と考えられがちです。

でも実際は、
“仕組みが変わらなければ、同じ問題が再発する”ことが多いのではないでしょうか。

たとえば医療機器の管理、待機体制、オンコール対応。
人材不足や人件費の問題は、個人の努力や根性論で片付けられがちですが、
本当に必要なのは「持続可能な仕組み」に変えることです。

ToriLabは、
「人を守る仕組み」
「業務を回す仕組み」
「地域医療を支える仕組み」
を制度と現場の両方から見直し、
本質的な改善策を提案していきたいと考えています。

Why-T?――“なぜそれを変えないのか?”

この問いが、また一つの仕組みを動かします。

“1人部署”というリスク。なぜ今、仕組みを見直すのか

「1人部署」「属人化」という言葉、
医療や介護の現場でもよく耳にします。

“この人がいないと回らない”
“あの人しかやり方を知らない”

実はこれ、現場の努力や根性ではなく、仕組みの問題です。


現場で起きている属人化は、
「人が足りないから」「予算がないから」では片付けられません。

本当の問題は、
**「業務を仕組み化せず、場当たり的に回してきた組織体質」**にあります。


ToriLabは、今この問題に真正面から向き合っています。

人手不足は、これからさらに深刻になります。
だからこそ、「1人で回す」「個人に依存する」仕組みを、
「チームで守る」「業務を共有する」仕組みに変える必要があるのです。


Why-T?
――“なぜ、仕組みを変えずに人を責めるのか?”

ToriLabはこの問いから、またひとつの仕組みづくりを始めます。

“一地域一台”という考え方。医療機器の未来に向けて。

皆さんは、「1病院に1台」という医療機器の考え方に、
少し窮屈さや限界を感じたことはありませんか?

高額な医療機器を各病院が単独で持つ時代から、
地域でどう使い回すか、どう共有するか――
今、そんな視点が注目されはじめています。

ToriLabでもいま、「1地域に1台」という考え方に注目し、
制度設計と現場実装の両面から、可能性を探っています。

医療機器の共同利用は、コストだけでなく、
導入のタイミング、管理責任、移動手段など、
実はとても多くの“仕組み”に関わるテーマです。

それでもやはり、「守る」より「共有する」ことの方が、
医療の未来にとって柔軟で持続的な選択肢になるかもしれません。

現場の声と、制度の可能性をつなぎながら、
小さくても実行可能なステップを探していきたいと思います。

Why-T?この問いから、またひとつの仕組みが始まる。

灯台のそばで、一度立ち止まって

先日、静かな海辺に立つ灯台を訪れました。
空と風と光の中で、黙って遠くを照らし続けるその姿に、
ToriLabが目指すあり方を重ねるようにして、しばらく佇んでいました。

動かずとも支える。語らずとも導く。
そんな仕組みが、制度と現場をつなぐと信じています。

焦らず、惑わず。

確かな仕組みで、誰かの指針となれるように。

撮影日:2025.6.20 東平安名崎灯台

旅立ちの前に、灯台を思う。

ToriLabの活動を始めてから、少し慌ただしい日々が続いていました。
一度立ち止まり、自分の立ち位置とこれからの方向を見つめ直したくて、
静かな灯台を訪ねる旅に出ようと思っています。

灯台は、動かずに光を放ち続ける存在。
風に吹かれながらも、遠くを見て、誰かのためにそこにいる。

ToriLabも、そんな風にありたいと願っています。
焦らず、惑わず。理念を持って、仕組みで支える存在に。

旅のあと、また少し静かに歩み出します。

Together We Build With ToriLab